「うつ病」と診断された

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心療内科で受診してもらった結果、やはり予想通り「うつ病」だった。

 

診断結果は、やはり「うつ病」でした

 

www.katasumi-diy.com

 

▲の記事で書いたように、あからさまな症状が出てしまっていたのである程度の予想はしていたが、専門家に診断されたことによってよりリアルな問題として直面することができた。

 

今回は、心療内科を受診してみた率直な感想を書こうと思う。

もしぼくと同じような症状に苦しむ人、同じような境遇の人は参考にしてみて欲しい。

 

 

たまには思い切り泣くのも良いもんだ

 

おそらく何千、何万人の患者と対峙してきたであろうカウンセラー、専門医の立ち振る舞いや発する言葉、話を聞く姿勢、その一つ一つに殻に閉じ込めてしまった自分の本音や本心をすくい上げられ、せきを切ったように溢れる涙を止めることが出来ずにその場で嗚咽を漏らしながら泣いてしまった。

いい歳した大人が、他人の前で大泣きしてしまった。

 

そのとき思ったのは、「泣く」という現象は、少なからずストレスを緩和させる効果があるということ。

仕組みや原理は分からないが、頭の中がパンクしそうな状態で涙を流すと、不思議なことに脳みそが軽くなったような気がする。


心療内科に行くまでにも不意に涙が流れる現象が起きたが、今思えば、限界を越えてしまいそうな精神状態に陥ったとき、脳が「これ以上はヤバイ」と判断した結果なんじゃないかと思う。
要はストレスの決壊だ。

 

その証拠に、心療内科で本音を語りひとしきり泣いたあとは、何か憑き物が落ちたような、そんな清々しい風に一瞬吹かれた感覚があった。

涙を流すことによって、物理的に頭の中に少しの余裕ができた気がする。

 

うつ病になった原因も改善方法も、実は分かっていた

 

うつ病との診断結果がくだされ、病状を改善させるための方法も提案してもらった。

それは

 

環境を変える

 

ということ。

もっと具体的に言えば、

 

働き方、もしくは仕事を変える

 

というものだった。

 

全ての症状は自身の「性格」と「働き方」の不一致から生じる歪みに起因したストレスが原因、とのことだ。


病状に合わせた薬も処方してもらったが、それは一時的に症状を和らげるだけで根本的な改善にはならないらしい。
いわく「このまま同じ状況に身を置き続けると悪化する一方で何も良くならない」とのこと。

 

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実は「性格」と「働き方」が合致していないという事実はこれまでの人生でひどく痛感していたし、それが今の状況を作り出している原因であることも、頭の中では理解していた。

どんなに鈍感な人間でも同じ仕事を十数年続けていれば、否が応でも「向いていない仕事」であるということに気付いてしまうだろう。

 

性格は変えられないなら環境を変えるしかない

 

大人になり形成し尽くされた自身の性格を自由自在にコントロールできる人間は存在するのだろうか。

幼少期などに外的要因で意図的に変えることは可能かもしれないが、大の大人の凝り固まった性格や人格を、自身の思うままに変えることは可能なのか?


答えはNOだと俺は思う。

 

「神経質」

 

「生真面目」

 

「甘え下手」

 

「愚直」

 

自分でも理解している性格の難点としてこれらを変えようと試みてはいるが、結局は失敗に終わり今に至っている。
外部から強いショックを与えるなどの方法を使わない限り、自分で変えるのは無理だと悟った。

 

ではどうするか、と言えば「今いる環境を変える」しか方法は残されていないと思う。

思い切ってここではない何処かへ「移住」して「環境を変える」という選択が、今の自分にとっての最適解なんじゃないかと。

 

気持ちが「地方移住」へ至ったことは、今思えば偶然ではなく必然だったんじゃないかと感じている。

 

 

心療内科の受診した最大の理由

 

今表れている症状、そしてその原因については頭で分かっていた。
ではなぜ心療内科を受診したのか?

それは

 

本音を声に出したかった

 

そして

 

専門家に道を示してほしかった

 

という気持ちがあったからだ。

 

本音、本心を声に出したかった

 

自分で理解している性格の難点に

 

相手に気を使って本音を言えない

 

相手に気を使って感情をぶつけられない

 

というものがある。

 

そういった性格を人は「思いやりがあって優しい」と捉えがちだが、しかしそれは結局「言いたいことも言わずに自分の中に溜め込む」ことを意味するので、自分に対しては全く優しくないし、結局は自分を苦しめるだけの厄介な性格であるということ。

 

ただ、前述の通り自分の性格の嫌いな部分は変えられなかったので、カウンセリングの専門家に本音を聞いてもらいたかった、というのが理由の一つ。

 

専門家に道を示してほしかった

 

もう一つの理由は、専門家にキチンとした理論で説明され、その解決策、進むべき道を示してほしかった、ということ。

 

今回の原因については漠然と自分の頭でも分かっていたが、それが本当にそうなのか、これから進もうとしている道は正しいのか、改善の兆しはあるのか、という疑問に対しての不安を払拭するために、専門家という第3者の立場から道を示してほしい、という気持ちが強かった。

 

自分や周りの人間だけで話し合うことも大切だが、部外者である第3者、専門家から客観的な意見をもらうことで冷静になれた部分があると思う。
そして解決策を提示してもらい、その意見と自分が考えていた進路が合致した今、やるべきことと進むべき道が明確になり、受診する前に抱いていたモヤモヤの一つを消すことができ、あれだけ重かった気持ちが少しだけ楽になったような気がしている。

 

まとめ

 

今回、心療内科に行くのはとても勇気が必要な決断だった。


だけど、もし自分と同じように「ずっと本音を隠して溜め込んでしまっている人」「同じような症状が出てしまっている人」がこの記事を読んでいたとしたら、カウンセラーに話を聞いてもらうだけで、もしかしたら気持ちが軽くなるかもしれないよ、と言いたい。

 

ぼくは結果として「うつ病」との診断を受けたけど、心療内科に行った決断は正しかったと思っている。
少なくともこれからどうするべきかが分かったし、本音をぶち撒けたことによって、行く前と後の気持ちの重さが明らかに変わったからだ。

 

もし何かを1人で抱え込んでしまっているなら、誰かに話を聞いてもらったほうがいい。

 

苦しみをさらけ出すことで楽になる部分があることを知ってほしい。